物忘れも、色々ほしいよね

物忘れに詳しい人より、上司の好きな球団に詳しい人のほうが出世すると思う。

サラが実家を出たのは
15年前。

実家には両親と妹と
おばあも一緒に住んでて

前日の夜、おばあに

『無理だけはせんように。
 何かあったらいつでも帰っておいで』

そう言われたっけなぁ。
その時はまだ
おばあも元気で
何かない限り
実家には帰らんかったかな。

だけど実家に帰るといつも
おばあの部屋に行って
よく二人で笑いながら
いろんな話を一緒にした。

『大変やけど頑張ってんでぇ』
15年経つとだんだん
おばあも年を取ってきて
今は体調崩して入院生活。

実家に帰っても
あの部屋にはおばあはおらん。

介護用ベッドにはまだ
手を伸ばしただけで
何でも取れるように
薬やらリモコンやらが
そのまま置かれてた。

そう言えば小学校の時
おばあの部屋のベランダに二人で出て
スズメにごはんあげたり
してたなぁ。

また帰ってきたら一緒に
スズメにごはん
あげよっか。
おばあのお見舞い行くと
びっくりするくらい
老化が進んでて
昨日食べたものも
忘れとった。
介護士をしてる妹が言うには

“年相応の物忘れやと思うけどな”
自分で座ることも出来んくなって
でも手伝うとなんとか
自分の力で支えて座って
歩く練習も頑張ってる。

『痛い』って言葉は禁句で

痛いのはわかるけど
このままじゃ弱る一方やから
あと一回頑張ろう。

リハビリ担当の人が
応援してくれてた。
サラも一緒に
応援した。

病室のドアまで歩けて
大きな拍手をいっぱいした。

おばあ、またサラと一緒に
買い物行きたいゆーとったやろ

行くで
何ヶ月かかるのか
何年かかるのかわからんけど

『人の世話になりたくない』って
言ってたおばあやから
くじけそうになっても
もう辞めるって言っても

毎日何回でも少しずつやけど
リハビリ頑張ってる。

『もう天国からのお迎え来てほしい』

たまに吐く弱音も、
昔の思い出話や
いろんなところに行った話をすると

『欲が出てくるもんやな。
 またみんなで旅行いきたい』
そういった顔は嬉しそうで
でもどこか寂しそうにも見えて…
なにゆってんの、おばあ。
あたりまえや。
旅行でもどこでも行くで

『じゃ、帰るわな』

そう言うと
痛いはずやのに
痛そうな顔してるのに、
また一人になるから
辛くて寂しいはずやのに
笑顔見せてくれるおばあ。

『無理だけはせんようにな。
 頑張り過ぎんようにな。』

またあの時と同じ言葉を
言って手を降ってくれた。
無理して頑張ってるのは
おばあの方やのに…
その日の帰りは
涙がとまらんかった。
座れる力がまだあるうちに
またどこか
おばあが行きたいところに
みんなで行こうと思う。
ڿڰ✯サラ✯ڿڰ

物忘れがナショナリズムを超える日

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